会社員を辞め、旅を仕事に:世界を巡り見つけた自分らしい幸せ
会社員を離れ、「旅」を人生の軸とする生き方
多くの人が、社会人としてのキャリアを会社勤めからスタートさせます。安定した収入や社会的な信用を得られる一方、日々の生活や働き方に疑問を感じる方も少なくありません。「もっと自由に時間を使いたい」「場所にとらわれずに働きたい」といった願望を持つ中で、会社員という働き方以外の選択肢に関心を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「しあわせカタチ図鑑」では、人それぞれの多様な幸せや生き方のカタチを紹介しています。今回は、長年会社員として働いた後、その道を離れて「旅をしながら働く」という生き方を選んだ方の事例をご紹介します。世界各地を移動しながら仕事をする中で、どのような経験をし、どのような困難に直面し、そして何を見出したのでしょうか。
なぜ「旅を仕事に」という選択をしたのか
事例としてご紹介する田中さん(仮名)は、30代後半まで都内のIT企業でシステムエンジニアとして勤務されていました。仕事自体に大きな不満があったわけではありませんでしたが、漠然とした「このままで良いのだろうか」という疑問や、満員電車での通勤、決まった時間・場所での勤務に対する息苦しさを感じていたといいます。
趣味であった海外旅行で訪れた様々な国の風景や人々と触れ合う中で、次第に「一つの場所に留まらず、もっと広い世界を見てみたい」という思いが強くなりました。そして、「好きな旅をしながら、経済的にも自立できる方法はないだろうか」と真剣に考え始めます。これが、「旅をしながら働く」という生き方を目指す最初のきっかけとなりました。
具体的な行動と直面した困難
田中さんは、会社員として働きながら、まずはオンラインで完結できるスキル習得に取り組みました。これまでのエンジニアとしての経験を活かせるウェブサイト制作やオンラインマーケティングの知識を深め、いくつかの副業案件を受注して感触を掴みました。また、旅先での宿泊費や移動費を抑えるための情報収集、ミニマリスト的な持ち物の工夫なども並行して行いました。
十分な準備ができたと感じた段階で会社を退職し、旅をしながら働く生活をスタートさせました。最初はアジアの比較的物価の安い国々を拠点に、ウェブサイト制作やオンラインコンサルティングの仕事を請け負いながら旅を続けました。
しかし、すぐにいくつかの困難に直面します。一つは経済的な不安定さです。会社員時代の固定給とは異なり、仕事の受注状況によって収入が大きく変動しました。円安などの為替変動も収支に影響を与えました。また、旅先のインターネット環境が常に安定しているわけではなく、仕事の納期に影響が出そうになったこともありました。
精神的な側面での苦労もありました。常に移動しているため、深い人間関係を築きにくい孤独感や、新しい環境に順応し続けることによる疲れを感じることもあったといいます。予期せぬ病気や怪我、盗難といったトラブルへの対応も、一人で全て行わなければならないというプレッシャーがありました。
困難を乗り越え、見出した変化
これらの困難に対し、田中さんは様々な方法で向き合いました。経済的な不安定さに対しては、複数のクライアントと継続的な契約を結ぶようにしたり、自身のスキルをさらに高めてより高単価な案件を獲得したりすることで収入の安定化を図りました。また、収支管理を徹底し、急な出費にも対応できるよう予備資金を確保するようになりました。
インターネット環境については、事前にリサーチを徹底したり、オフラインでも作業を進められるように工夫したりすることで対応しました。孤独感に対しては、コワーキングスペースを利用して他のワーカーと交流したり、現地のコミュニティイベントに参加したりすることで、意識的に人との繋がりを持つように努めました。健康管理にはこれまで以上に気を配り、旅先で頼れる医療機関の情報なども把握しておくようにしたといいます。
旅をしながら働く生活を続ける中で、田中さんの生活や価値観には大きな変化が現れました。時間の使い方が大きく変わり、仕事の合間に観光したり、現地の文化に触れたりする時間が生まれました。多様な文化や人々と出会うことで視野が広がり、固定観念に囚われず物事を多角的に捉えられるようになったと感じています。物質的な豊かさよりも、経験や人との繋がり、そして自身の心身の健康を大切にする価値観が強まりました。
経済的には、会社員時代のような安定感はありませんが、自身のスキルと経験で収入を得ているという実感は大きく、精神的な充実感に繋がっているといいます。また、生活コストを抑える工夫も身につき、お金に対する向き合い方も変化しました。
この事例から考える多様な幸せ
田中さんの事例は、「旅をしながら働く」という生き方が、単なる憧れや理想論ではなく、現実的な選択肢であることを示しています。そこには経済的、精神的な困難が伴いますが、事前の準備や柔軟な対応、そして何よりも「旅をしながら働きたい」という強い意志によって乗り越えることができる可能性があります。
この生き方から得られるものは、物理的な自由だけではありません。異文化に触れることで得られる新しい視野、困難を乗り越える過程で培われる問題解決能力と精神的な強さ、そして自身の価値観と向き合う時間です。これらは、会社員という働き方では得られにくかった種類の学びや成長と言えるでしょう。
田中さんは、「以前のような安定した収入や、決まった場所での人間関係はありませんが、世界を肌で感じながら、自分のペースで仕事ができる今の生き方に、確かな幸せを感じています」と語ります。
「幸せのカタチ」は、一人ひとり異なります。一つの場所に留まりキャリアを積み重ねることに幸せを感じる人もいれば、場所にとらわれずに多様な経験をすることに価値を見出す人もいます。田中さんの事例は、安定や定常性だけが幸せではなく、変化や挑戦の中に自分らしい充足感を見出す生き方もあることを教えてくれます。自身の心と向き合い、どのような状態が「幸せ」に繋がるのかを考える上で、一つのヒントとなるのではないでしょうか。