しあわせカタチ図鑑

趣味の編み物を仕事に:会社員から手仕事で生計を立てるという選択

Tags: 趣味の仕事化, キャリアチェンジ, 手仕事, 働き方, 独立

会社員から趣味の手仕事へ、新たな道を選んだ理由

多くの人が、人生の多くの時間を仕事に費やしています。その仕事が、もし自身の心から愛する趣味であったなら、どのような日々になるでしょうか。「しあわせカタチ図鑑」では、多様な働き方や生き方を通じて、人それぞれの「幸せのカタチ」を探求しています。今回は、長年会社員として勤務した後、趣味であった編み物を仕事とすることを選び、手仕事で生計を立てる道を進むことになった一人の事例をご紹介いたします。

都内の企業で事務職として働いていたAさんは、日々の業務を真面目にこなしながらも、どこかに満たされない思いを抱えていました。仕事自体に大きな不満があったわけではありませんでしたが、自身の個性を活かせている実感や、仕事を通じて何かを生み出しているという手応えを感じにくい状況が続いていたといいます。そのような中で、学生時代から細々と続けていた編み物が、Aさんにとって心安らぐ時間であり、同時に完成した作品を見た時の達成感が大きな喜びとなっていました。

趣味としての編み物が単なる気分転換を超え、自身の情熱を注げる対象であることに気づいたAさんは、徐々に「この編み物で、誰かを喜ばせることができるのではないか」「これを仕事にできたら、どんなに素晴らしいだろうか」と考えるようになりました。会社員としての安定した立場を手放すことへの不安は当然ありましたが、自身の内側から湧き上がる「好き」という気持ちに従って生きてみたいという願いが、その不安を上回るようになったのです。

手仕事で生計を立てるための具体的なステップと直面した壁

編み物を仕事にするという目標を定めたAさんは、まず自身の技術レベルを高めることから始めました。独学に加え、プロの技術を学ぶために専門の教室に通い、複雑な編み方やデザインの基礎を習得しました。同時に、自身の作品をどのように発表し、販売していくかを模索しました。SNSでの発信を積極的に行い、自身の作品の写真を投稿したり、制作過程を公開したりすることで、少しずつフォロワーを増やしていきました。

最初の大きなステップは、ハンドメイド作品のイベントに出展することでした。実際に顧客と対面し、作品への反応を直接受け取る貴重な機会となりましたが、同時に「価格設定の難しさ」「在庫管理」「集客」といった、ものづくり以外のビジネス的な課題に直面しました。オンラインショップを開設した際も、ウェブサイトの構築や集客、発送業務など、新たなスキルが必要となりました。会社員時代には分業されていた多くの業務を、全て一人でこなさなければならない現実に直面し、時間的、精神的な負担は想像以上であったといいます。

最も大きな困難は、収入の不安定さでした。会社員時代の安定した月収とは異なり、手仕事による収入は波があり、特に軌道に乗るまでは生計を維持することが容易ではありませんでした。作品が全く売れない時期もあり、自身の技術やセンスへの自信を失いそうになったことも一度や二度ではなかったと語っています。経済的な不安は、そのまま日々の生活への不安へと直結し、この選択が本当に正しかったのかと自問自答する日々が続きました。

困難を乗り越え、手仕事に見つけた自分らしい「幸せ」

これらの困難に対して、Aさんはいくつかの方法で向き合いました。収入の不安定さに対しては、初期段階では貯金を切り崩したり、クラウドソーシングなどで短期の事務作業を請け負ったりすることで凌ぎました。また、販路をオンラインだけでなく、委託販売やワークショップの開催など、複数持つことでリスクを分散する工夫をしました。

技術的な壁やデザインの悩みについては、他の作家との交流を通じて刺激を受けたり、積極的にセミナーに参加したりすることで、常に新しい知識や技術を吸収しようと努めました。一人で抱え込みがちだった悩みも、同じように手仕事で生計を立てる仲間との情報交換や励まし合いによって、乗り越える力を得られたといいます。

最も大きかった変化は、自身の仕事に対する価値観の変化でした。会社員時代は、会社の目標達成や評価が中心でしたが、現在は自身の内側から生まれたアイデアを形にし、それが誰かの手に渡り、喜んでもらえるというダイレクトな反応が、何よりの報酬となりました。収入が安定するまでの道のりは厳しかったものの、時間や働く場所を自身で選択できる自由、そして何よりも「好き」を追求できる日々の充実感は、会社員時代には感じられなかった種類の幸せであったといいます。

経済的には、会社員時代のような高収入ではありませんが、無理のない範囲で、自身の価値観に基づいた消費を行うようになりました。物質的な豊かさよりも、心の充足や時間の質を重視するようになったのです。人間関係においても、会社の同僚という枠を超え、作品を通じて繋がる顧客や、同じ手仕事の世界で生きる仲間との、より深く温かい繋がりを感じるようになったと語っています。

事例から学ぶ、自分らしい生き方の可能性

Aさんの事例は、趣味を仕事にすることの厳しさと同時に、そこにかけがえのない価値と「幸せ」を見出すことができる可能性を示しています。安定したキャリアを手放し、未知の世界に飛び込むことは、計り知れない不安や困難を伴いますが、自身の情熱や内なる声に耳を傾け、それを行動に移す勇気を持つことの重要性を教えてくれます。

もちろん、誰もが同じように趣味を仕事にできるわけではありませんし、その道が万人に推奨されるものでもありません。しかし、Aさんのように、自身の「好き」を深く追求し、困難を乗り越えるための計画性や柔軟性を持ち合わせるならば、自分にとって納得のいく、そして自分らしい「幸せのカタチ」を実現できるのかもしれません。

この記事が、現在のキャリアに課題を感じていたり、自身の「好き」をどのように人生に活かせるか考えている方にとって、新たな可能性やヒントを見つけるきっかけとなれば幸いです。多様な生き方がある中で、あなたにとっての「幸せ」は、どのようなカタチをしているでしょうか。静かに自問してみる時間を持つのも良いかもしれません。