会社員からオンライン手芸教室の先生へ:好きを教える仕事で見つけた新しい生き方
はじめに
日々の仕事に追われる中で、ふと立ち止まり、自身のキャリアや生き方について深く考える瞬間があるかもしれません。会社という組織に属しながら働く中で、漠然とした将来への不安や、「本当にこのままで良いのだろうか」という問いに直面する方も少なくないでしょう。そのような時、長年大切にしてきた趣味や、誰かに話すことで喜ばれる得意なことが、新たな可能性の扉を開く鍵となることがあります。
この記事では、会社員として働く傍ら、趣味であった手芸を深め、最終的にはオンライン手芸教室の先生として独立を果たした一人の事例をご紹介します。彼女がどのようにしてその選択に至り、どのような準備や困難を経て、現在の「好きを仕事にする」生き方を築き上げたのか。そのリアルな道のりを通じて、多様な幸せのカタチや、自分らしい働き方を見つけるためのヒントを探ります。
趣味の手芸が人生の軸に
都内の一般企業で事務職として働いていた田中さん(仮名)は、幼い頃から手芸に親しみ、会社員になってからも休日の大切な時間として刺繍やパッチワークを楽しんでいました。忙しい平日のストレスや疲れを癒やしてくれるのは、布や糸、針と向き合う静かで集中できる時間だったと言います。作品が完成するたびに感じられる達成感や、それを家族や友人が喜んでくれることが、何よりの原動力でした。
会社員としてキャリアを重ねる中で、仕事内容はルーチンワークが多くなり、自身の成長や貢献を実感しにくい状況に課題を感じていました。同時に、長時間労働や人間関係のストレスから、心身のバランスを崩しそうになることもありました。そんな時、手芸の時間は単なる趣味を超え、彼女の精神的な支柱となっていったのです。
ある日、自身の作品をSNSで発信したところ、多くの方から「どうやって作るのですか?」「教えてほしい」というメッセージが寄せられました。この反応が、彼女にとって大きな転機となります。「私の好きなことで、誰かが喜んでくれる。これを仕事にできないだろうか」という考えが芽生えたのです。当初は対面での教室も考えましたが、場所や時間の制約、そして会社員との両立を考慮し、オンラインでの教室開催を決意しました。より多くの人に、そして国内外問わず届けられる可能性があると感じたことも理由の一つです。
会社員を続けながらの準備と挑戦
オンライン教室のアイデアが固まってからも、すぐに会社を辞めるという選択はしませんでした。まずは会社員として働きながら、週末や夜間の時間を使って準備を進めることにしました。これが、後に「二足のわらじ期間」と呼ぶ、最も多忙で挑戦的な日々となります。
具体的に行った準備は多岐に渡ります。まず、教える内容を体系化し、初心者でも理解できるようオリジナルのテキストや動画教材を作成しました。オンライン会議ツールの操作方法を学び、レッスンをスムーズに進めるための環境(カメラ、マイク、照明など)を整えました。そして最も苦労したのは、集客です。SNSアカウントを開設し、作品を発信したり、手芸の楽しさやレッスンの告知を行ったりしましたが、最初のうちはなかなか反応が得られませんでした。
そこで、まずは身近な友人やSNSで関心を示してくれた方にモニターとして参加してもらい、フィードバックを収集しました。レッスンの進め方、教材の分かりやすさ、オンライン環境の課題など、多くの改善点が見つかりました。同時に、ブログを開設して自身の経験や手芸に関する記事を書くことで、少しずつ自身のことを知ってもらう努力も続けました。
会社員としての業務と、これらの準備・試行錯誤を両立させることは、想像以上に体力を消耗しました。睡眠時間を削る日も多く、精神的にも追い詰められることもありました。「本当にこれで良いのだろうか」「会社を辞めて後悔しないだろうか」という不安が常に頭をよぎりました。周囲からは「趣味で稼ぐなんて難しい」「安定した会社員を辞めるのはもったいない」といった心配の声も聞かれました。しかし、「好きなことを仕事にしたい」という強い思いと、モニターの方々からの感謝の言葉が、彼女を支え続けたのです。
会社員を辞め、専業のオンライン講師へ
約一年半の準備期間を経て、田中さんは会社を辞める決断をしました。モニターレッスンや少人数での有料レッスンで一定の手応えを感じ、経済的な見通しが全く立たないわけではなかったものの、安定した会社員の収入を手放すことへの不安はゼロではありませんでした。しかし、これ以上「二足のわらわじ」を続けるのは体力的にも精神的にも限界であり、オンライン教室に本腰を入れなければ道は開けない、と感じたのです。
専業のオンライン手芸教室の先生になって、まず直面したのは収入の不安定さでした。会社員時代のように毎月決まった給料が入ってくるわけではありません。レッスンの受講者数によって収入は変動し、軌道に乗るまでは貯金を切り崩す時期もありました。また、全ての業務(レッスン、教材作成、集客、事務作業、経理など)を一人で行わなければならず、自己管理の徹底が求められました。サボろうと思えばいくらでもサボれてしまう環境で、モチベーションを維持し、計画的に作業を進めることは容易ではありませんでした。
これらの困難を乗り越えるために、田中さんはいくつかの工夫をしました。まず、詳細な年間・月間スケジュールを立て、日々のタスク管理を徹底しました。収入の変動を吸収するため、単発レッスンだけでなく、継続的なコースやサブスクリプションモデルの導入も検討しました。また、他のオンライン講師との交流や、ビジネスコミュニティへの参加を通じて、情報交換や悩みの共有を行うことで、孤独感を和らげ、新たな視点を得ることができました。失敗を恐れず、新しいレッスンの形式や集客方法を試み、改善を繰り返す姿勢も重要でした。
オンライン講師としてのやりがいと見出した「幸せ」
専業のオンライン手芸教室の先生となってからの日々は、会社員時代とは大きく変わりました。経済的な不安定さや自己管理の難しさはありますが、それ以上に大きなやりがいと「自分らしい幸せ」を見出したと言います。
最も大きな喜びは、受講生の変化を間近で見られることです。最初は糸の扱い方すらおぼつかなかった方が、回を重ねるごとに上達し、自分で作品を完成させていく姿を見るたびに、この仕事を選んで良かったと感じるそうです。「先生のおかげで手芸がもっと好きになりました」「こんな素敵な作品が自分で作れるなんて」といった感謝の言葉は、何物にも代えがたい喜びです。自分の好きなこと、得意なことが、誰かの役に立ち、喜びにつながっているという実感が、日々の活力となっています。
時間や場所に縛られずに働ける自由も大きなメリットです。レッスンのスケジュールを自分で調整できるため、体調に合わせて休んだり、長期の休みを取ってリフレッシュしたりすることも可能です。自宅が仕事場であるため、通勤時間もなく、時間を有効に使うことができるようになりました。これは、会社員時代には考えられなかった柔軟な働き方です。
また、日々の生活の中に常に「好き」である手芸があること自体が、彼女にとっての幸せです。新しい作品のアイデアを考えたり、教材を研究したりする時間も仕事の一部ですが、それは彼女にとって楽しい時間です。経済的な安定だけを追求していた会社員時代とは異なり、精神的な豊かさや自己実現といった側面が、今の彼女の「幸せ」を構成する重要な要素となっています。
もちろん、全てが順風満帆ではありません。新しい課題は常に発生しますし、孤独を感じることもあります。しかし、困難を乗り越えるたびに自信がつき、自身の成長を実感できることも、この働き方の魅力だと田中さんは語ります。
この事例から学ぶこと
田中さんの事例は、「好き」や「得意」を仕事にするという選択が、単なる夢物語ではなく、計画と努力によって実現可能であることを示しています。特にオンラインという手段は、場所や時間の制約を取り払い、自身のスキルや知識を広く共有する可能性を秘めています。
会社員として働きながらでも、スモールスタートで準備を進めることは可能です。いきなり大きな変化を目指すのではなく、まずは小さな一歩から踏み出す勇気が重要です。そして、困難に直面したときに、それをどのように乗り越えるか、柔軟に対応できるかどうかが、道を切り開く鍵となります。
彼女が見出した「幸せ」は、経済的な安定だけではなく、やりがいや自己成長、時間や場所の自由、そして何よりも「好き」に囲まれた生活の中にありました。幸せのカタチは人それぞれであり、一つではありません。田中さんのように、自身の内なる声に耳を傾け、「自分にとって何が大切か」を見つめ直すことが、あなたにとっての新しい生き方や幸せを見つけるヒントとなるかもしれません。
もしあなたが現在のキャリアに課題を感じ、多様な働き方や生き方に興味を持っているのであれば、自身の「好き」や「得意」に目を向けてみてはいかがでしょうか。小さな一歩が、想像もしなかった未来へと繋がる可能性があるのです。