オフィスを離れ、多拠点生活へ:「住まい」を自由に選び、見つけた生き方
オフィスを離れ、多拠点生活へ:「住まい」を自由に選び、見つけた生き方
変化が加速する現代において、働き方や暮らす場所に対する価値観も多様化しています。一つの場所に定住し、オフィスに通うという従来のスタイルから離れ、複数の場所を行き来しながら生活を営む「多拠点生活」を選択する人も増えてきました。
この記事では、長年会社員として働いた後に多拠点生活を始めた一人の事例を通じて、その選択の背景、具体的な生活、そして直面した困難やそこから見出した「自分らしい幸せのカタチ」を探ります。
多拠点生活を選んだ背景
事例としてご紹介するのは、都内のIT企業でシステムエンジニアとして働いていたAさん(40代)です。Aさんは約15年間、同じ会社でキャリアを積んできました。仕事内容はやりがいがあり、人間関係も良好でした。しかし、日々の満員電車での通勤、終電まで働く生活、そして常に同じ環境に身を置くことに、徐々に閉塞感を感じるようになったといいます。
転機となったのは、リモートワークが普及し始めたことでした。自宅での勤務が可能になったことで、物理的な場所に縛られない働き方があることを実感します。同時に、地方への短期滞在中に触れた地域の魅力や、そこで出会った多様な価値観を持つ人々との交流に刺激を受け、「一つの場所に留まる必要はないのではないか」という思いが芽生えました。
「これまでの生活も悪くはなかったのですが、どこか『与えられた場所で生きている』という感覚がありました。もっと自分の意志で、環境を選び、変化を楽しみながら生きたい。そう考えた時に、多拠点生活という選択肢が頭に浮かんだのです」とAさんは語ります。
会社員からの移行:具体的な行動と準備
多拠点生活への移行は、決して簡単な決断ではありませんでした。まず、経済的な基盤を確保する必要があります。Aさんは会社に相談し、フルリモートでの勤務が可能か交渉を行いました。幸いにも、Aさんのスキルとこれまでの実績が評価され、業務内容を調整することでフルリモートワーカーとして会社に留まることが許されました。これにより、一定の安定収入を維持しながら新しい生活に挑戦できることになります。
次に、具体的な生活の設計です。Aさんは最初から複数の住居を契約するのではなく、サブスクリプション型の多拠点生活サービスを活用することを選択しました。これにより、初期投資を抑えつつ、日本各地にある提携施設を利用できるようになります。
「いきなり家を手放してというのはハードルが高かったですね。まずはサービスを利用して、実際に様々な場所で暮らしてみて、自分に合うスタイルを見つけようと考えました。荷物は最小限に絞り、実家やトランクルームに預けることにしました」
家具や家電をほとんど手放し、スーツケース一つで移動するという生活に慣れるまでには時間がかかったといいます。
多拠点生活で直面した困難と乗り越え方
多拠点生活は「自由」なイメージがありますが、実際には様々な困難に直面しました。
最も大きな課題の一つは、予想外の出費です。サブスクリプション料金以外にも、移動費、外食費、そして滞在先によってはインターネット環境や暖房費などが別途かかる場合があります。また、急な体調不良や予期せぬトラブルに対応するための費用も考慮に入れる必要がありました。経済的な安定を図るため、Aさんは収支管理を徹底し、無駄な支出を抑える工夫を重ねました。
次に、心理的な側面です。様々な場所に滞在できるのは魅力的ですが、常に環境が変わるため、落ち着かないと感じることもありました。また、短期間の滞在では深い人間関係を築きにくいという孤独感も伴います。「新しい場所に行くたびに、ゼロからコミュニティに入り直す感覚がありました。それが刺激的でもある一方で、疲れることも事実です」
この孤独感を乗り越えるため、Aさんは意識的に地域交流イベントに参加したり、オンラインコミュニティを活用したりしました。また、一つの場所に最低でも2週間から1ヶ月程度滞在するなど、移動のペースを調整することで、心身の負担を軽減していきました。
その他にも、住民票や郵便物の問題、地域ごとのルールや習慣の違いなど、細かな課題が次々と発生しました。一つ一つ情報を集め、地域の人や経験者からアドバイスを得ながら、地道に解決していったといいます。
生活と価値観の変化、そして見つけた幸せ
多拠点生活を続ける中で、Aさんの生活と価値観は大きく変化しました。
まず、時間の使い方が変わりました。通勤時間がなくなっただけでなく、場所を変えることで気分転換が容易になり、仕事の集中力が増したといいます。また、都市部では難しかった自然の中でのアクティビティ(ハイキング、サイクリングなど)を取り入れることで、心身のリフレッシュができるようになりました。
人間関係も変化しました。一つのコミュニティに深く根ざすというよりは、様々な場所で多様な人々と出会い、浅く広く繋がる関係性が増えました。その中で、自分の価値観を揺さぶられるような刺激的な出会いも多く経験したといいます。
そして最も大きな変化は、「所有」に対する価値観です。多くのものを手放し、最小限の持ち物で暮らすことで、「本当に自分にとって必要なものは何か」を深く考えるようになったそうです。「以前は流行のものを追いかけたり、便利そうなものを衝動的に買ったりしていました。今は、一つ一つのモノを大切に選び、手入れしながら使うようになりました。物理的な身軽さが、心の身軽さにも繋がっていると感じます」
Aさんにとっての「幸せ」は、一つの場所に縛られることなく、自分の意思で環境を選び、その場所ごとの自然や文化、人との出会いを通じて新しい発見や学びを得続けることにあると言います。それは、会社員時代の安定した生活とは異なる、常に変化を受け入れ、適応していく中で見出す、自分らしい幸せのカタチなのでしょう。
この事例から考える、多様な幸せのカタチ
Aさんの事例は、リモートワークが可能になった現代において、「住む場所」の選択肢が広がり、それが働き方や生き方に新たな可能性をもたらすことを示しています。もちろん、多拠点生活は万人にとって最適な選択肢ではありません。安定した環境を好む人や、地域に深く根ざした生活を求める人にとっては、むしろストレスになる可能性もあります。
しかし、Aさんが困難を乗り越えながら、新しい生活スタイルを築き上げていったプロセスからは、多くの学びが得られます。それは、変化への適応力、情報収集と計画力、そして何よりも「自分がどう生きたいか」という問いに向き合い、具体的な行動に移す勇気です。
現在の生活やキャリアに疑問を感じている方もいるかもしれません。すぐに多拠点生活に移行するのは難しくても、週末に近隣の町を訪れてみたり、いつもと違うカフェで仕事をしてみたり、あるいは短期のワーケーションを試してみたりと、小さな一歩から始めることができます。
「しあわせカタチ図鑑」は、このように多様な生き方や価値観を紹介することで、読者の皆様が自身の「幸せのカタチ」を見つめ直し、新たな可能性を考えるきっかけを提供できればと考えています。Aさんの事例が、皆様にとって何かしらのヒントになれば幸いです。