しあわせカタチ図鑑

好きな絵を描いて生計を立てる選択:会社員から画家へ、見つけた「自分らしい幸せ」

Tags: 好きなこと, キャリアチェンジ, 独立, 多様な生き方, 困難と克服

絵への情熱が導いた新たな道

多くの人が、自分の「好き」を仕事にすることを一度は夢見るものです。しかし、それを現実のものとするには、様々な障壁や困難が伴うことを理解している方も多いでしょう。特に、安定した会社員という立場から、全く異なる分野、たとえば創作活動を主軸とした生計を立てる道を選ぶことは、大きな変化とリスクを伴います。

ここでは、長年会社員として働きながら、絵を描くことを仕事にすることを決意し、その夢を実現した一人の事例をご紹介します。彼の経験を通して、好きなことを仕事にする現実的な側面、直面する困難、そしてそれを乗り越えた先に何が見えるのかを探ります。これは、単なる成功物語ではなく、自分にとっての「幸せ」とは何かを見つめ直し、多様な生き方を選択する上での一つのヒントとなるかもしれません。

会社員生活から画家への決意

都内でIT企業のシステムエンジニアとして働いていたCさん(仮名)は、絵を描くことが幼い頃からの唯一の趣味でした。忙しい業務の合間を縫って絵を描く時間は、彼にとって何よりも大切な時間でした。しかし、年を重ねるごとに、「このまま会社員として定年まで働くのだろうか」という漠然とした疑問と、「もっと自由に、好きなだけ絵を描きたい」という強い衝動が募っていきました。

安定した収入と社会的な信用がある一方で、満員電車での通勤、ルーティン化された業務、そして何より絵に打ち込む時間が限られている現状に、Cさんは徐々に息苦しさを感じ始めます。絵を描くことへの情熱が、単なる趣味の範疇を超え、人生の中心に置きたいという願望へと変化していったのです。

数年にわたり、副業として自身の作品をオンラインで販売したり、知人の依頼でイラストを制作したりする中で、わずかではありましたが収入を得られる経験をしました。これは、絵で生計を立てられるかもしれないという希望の光となり、彼に大きな勇気を与えました。綿密な資金計画と、家族との話し合いを重ねた末、Cさんは会社を辞め、絵を描くことで生計を立てるという新たな道へ踏み出すことを決意しました。

独立後の現実:直面した困難と苦悩

会社を辞め、晴れて「絵を描くこと」が仕事になったCさん。理想と現実のギャップに直面したのは、決して遠い先のことではありませんでした。

まず、最も大きな困難は、経済的な不安定さでした。会社員時代の固定給がなくなり、収入はゼロからのスタートです。オンライン販売や依頼制作で収入を得るには、知名度を高め、継続的に仕事を受注する必要があります。最初の数ヶ月は、貯金を取り崩す日々が続き、将来への不安が常に頭をよぎりました。思うように作品が売れない時期は、「本当にこの選択は正しかったのか」と自問自答することもありました。

また、画家としての活動は、絵を描くことだけではありません。作品の制作に加え、自身のウェブサイトの管理、SNSでの情報発信、ギャラリーへの営業活動、個展の企画・運営、そして経理や税務といった事務作業まで、全てを一人で行う必要がありました。会社員時代には分業されていた業務を全て自身で担うことの大変さを痛感しました。

精神的なプレッシャーも大きなものでした。周囲からの期待や心配の声、そして何よりも「成功しなければならない」という自己へのプレッシャーです。作品が評価されないことへの落胆、スランプに陥った時の焦り、そして孤独感。これらは、会社という組織に守られていた時には感じることのなかった種類の苦悩でした。

困難を乗り越え、道を切り拓く

しかし、Cさんはこれらの困難に真正面から向き合い、一つずつ乗り越えていきました。

経済的な不安定さに対しては、自身の作品販売だけでなく、イラストレーターとして企業からの依頼を受けたり、絵画教室を開いてワークショップを開催したりと、複数の収入源を確保する努力をしました。また、徹底した収支管理を行い、無駄な支出を抑えました。収入が少ない時期でも、必要最低限の生活を維持するための計画を立て、実行することで、漠然とした不安を具体的な対策へと変えていきました。

仕事の獲得に関しては、自身の作品スタイルやターゲット層をより明確にし、SNSでの発信を工夫しました。単に作品をアップするだけでなく、制作過程や込めた想いを共有することで、共感してくれるファンを増やしていきました。また、積極的にギャラリーや展示会に足を運び、他のアーティストや関係者とのネットワークを築くことにも注力しました。

制作以外の業務については、便利なオンラインツールを活用したり、税理士に相談したりと、効率化や専門家の力を借りることを覚えました。全てを完璧にこなすのではなく、自身の得意なこと(絵を描くこと)に時間を最大限に使えるよう、工夫を凝らしました。

精神的な面では、同じように独立して活動する仲間と定期的に情報交換をしたり、悩みを共有したりする時間を持ちました。また、大きな目標だけでなく、日々の制作ノルマや週ごとの目標を設定し、小さな達成感を積み重ねることで、モチベーションを維持しました。時には意識的に休息を取り、心身のリフレッシュを図ることも大切にしたといいます。家族や友人の理解と応援も、Cさんにとって大きな支えとなりました。

独立後の生活と「自分らしい幸せ」

困難を乗り越え、少しずつではありますが画家として生計を立てられるようになったCさんの生活は、会社員時代とは大きく変化しました。

何よりも変化したのは、時間の使い方です。満員電車に揺られることもなくなり、自分で自由に時間管理ができるようになりました。制作に没頭できる時間が増えたことは、彼にとって何よりの喜びです。締め切りに追われる大変さもある一方で、自分のペースで仕事を進められる自由を満喫しています。

働く場所も自宅兼アトリエに限らず、カフェや旅先でもスケッチをするなど、柔軟な働き方が可能になりました。収入は会社員時代のように安定しているわけではありませんが、自身の努力と成果が直接収入に繋がることに、大きなやりがいを感じています。

人間関係も変化しました。会社の同僚との関係は疎遠になった部分もありますが、クリエイター仲間、作品を通じて繋がった顧客、そしてワークショップに参加してくれる生徒さんなど、新たな人間関係が生まれました。自身の「好き」を通じて築かれた繋がりは、彼にとってかけがえのないものとなっています。

そして最も重要なのは、価値観の変化です。安定や他者からの評価よりも、「自分が本当にやりたいこと」や「自己表現」に価値を置くようになりました。経済的な苦労や社会的な保証の少なさといった引き換えに得たのは、何にも代えがたい制作の自由と、自身の内から湧き上がる情熱を形にできる充実感です。Cさんは、この状態こそが、自分にとっての「自分らしい幸せ」だと語っています。それは、周囲の基準や社会的な成功の定義に縛られることなく、自身の内なる声に従って生きることから生まれる、確かな幸福感だと言えるでしょう。

事例から学ぶ多様な幸せのカタチ

Cさんの事例は、「好き」を仕事にすることが決して華やかな成功物語ばかりではないことを示しています。そこには、経済的な不安、孤独、自己肯定感の揺らぎといった、多くの困難が伴います。しかし、同時に、それらの困難を乗り越え、自分自身の力で道を切り拓いていく過程で得られる、唯一無二の喜びや充実感があることも教えてくれます。

この事例から学べることは、幸せのカタチは一つではないということです。安定した収入や社会的な地位といった従来の価値観だけが全てではありません。自分にとって何が本当に大切なのか、どんな時に心の底から満たされるのかを見つめ直し、そのために勇気を持って行動を起こすことの重要性を示唆しています。

もしあなたが現在のキャリアに課題を感じ、他の可能性を模索しているのであれば、Cさんのように、自身の「好き」を深く掘り下げてみることから始めても良いかもしれません。すぐに会社を辞める必要はありません。副業として、趣味の延長として、少しずつ活動の幅を広げてみることも可能です。その過程で、新たな発見があったり、自身の価値観が変化したりすることもあるでしょう。

多様な生き方や働き方が存在する現代において、自分にとって最適な「幸せのカタチ」を見つける旅は、決して容易なものではありません。しかし、Cさんのように、困難に立ち向かいながらも自身の信じる道を進む姿は、私たちに大きな勇気と示唆を与えてくれます。自身の内なる声に耳を傾け、一歩踏み出すこと。それが、あなた自身の「自分らしい幸せ」を見つける第一歩となるのかもしれません。