会社員からオンラインストアの店主へ:「好き」をカタチに変えて見つけた生きがい
「しあわせカタチ図鑑」へようこそ。この場所では、様々な生き方や働き方を選んだ方々の経験をご紹介しています。今回ご紹介するのは、長年会社員として勤務した後、自身の「好き」を形にしたオンラインストアを開業し、新たな生きがいを見つけた方の物語です。
会社員としての限界と「好き」への衝動
都内のIT企業でシステムエンジニアとして働いていたAさんは、キャリアを重ねる中で、業務内容に対する情熱が薄れていくのを感じていました。安定した収入や社会的な立場には恵まれていましたが、日々の仕事が単調に思え、自身の創造性や個人的な興味を満たす時間がないことに物足りなさを感じていたのです。
Aさんの長年の趣味は、国内外から集めた雑貨や手芸用品を眺めたり、実際にものづくりをすることでした。週末になると、気になる雑貨店を巡ったり、オンラインで珍しい材料を探したりする時間が何よりの楽しみでした。その中で、「こんな素敵なものをもっと多くの人に知ってほしい」「自分がセレクトしたもので、誰かの日常を少しでも豊かにできたら」という漠然とした思いが芽生え始めました。
最初は漠然とした夢でしたが、情報収集を進めるうちに、個人でも比較的容易にオンラインストアを開設できることを知ります。会社に勤めながらでも始められる「副業」としての可能性を感じ、まずは小さな規模で挑戦してみることを決意しました。
オンラインストア開業への具体的なステップ
まずAさんが取り組んだのは、どのような商品を扱うかの選定です。自身の「好き」を追求しつつ、どのようなものが市場に求められているか、どのようなストーリーを伝えたいかを深く掘り下げました。扱う商品のジャンルを絞り込み、信頼できる仕入れ先を探すことから始めました。
次に、ストアのプラットフォーム選びです。複数のサービスを比較検討し、自身のスキルや予算、機能要件に合ったものを選びました。デザインや商品登録、決済方法の設定など、ゼロからのスタートは分からないことだらけでしたが、書籍やオンライン情報を参考に、一つずつ手探りで進めていきました。
会社員としての業務を終えた後や、週末の時間を全て準備に充てました。商品の写真撮影、説明文の作成、梱包材の選定など、細部にまでこだわりを持って作業を進めました。最初の頃は、本業との両立の難しさから、睡眠時間を削る日も少なくありませんでした。しかし、「好き」なことに没頭できる時間は、これまでの仕事にはなかった充実感をもたらしてくれました。
立ち上げ後の現実と直面した困難
意気揚々とストアをオープンしたものの、すぐに多くの注文が入るという甘い現実はありませんでした。最初の数週間は、注文ゼロという日が続きました。アクセス解析を見ても、訪れる人は極わずかです。
最大の困難は、集客でした。いくら良い商品を揃えても、ストアの存在を知ってもらえなければ意味がありません。SNSでの情報発信を試みましたが、フォロワーはなかなか増えず、効果を感じるまでには時間がかかりました。広告の運用も検討しましたが、知識がなく、費用対効果が見込めないリスクも感じていました。
また、在庫管理と発送業務にも予想以上の労力がかかりました。注文が入れば嬉しい反面、商品の梱包や伝票作成、発送手続きに時間が取られ、本業とのバランスを取るのがさらに難しくなりました。自宅のスペースが在庫で圧迫されることもありました。
経済的な面では、当初は先行投資ばかりで収入はほとんどありませんでした。会社員の給与があるからこそ続けられましたが、「本当にこれで生計を立てられるのだろうか」という不安は常に頭の中にありました。
困難を乗り越え、見出した光
これらの困難に対し、Aさんは諦めることなく、改善策を講じ続けました。集客については、ブログを開設し、商品の背景にあるストーリーや使い方、自身のものづくりへの考えなどを丁寧に綴るようにしました。SNSでは一方的な告知だけでなく、コメントに丁寧に返信したり、他のアカウントと交流したりするなど、ファンとの繋がりを意識した運用に切り替えました。
在庫管理と発送業務は、効率化を徹底しました。梱包方法を標準化したり、発送手続きの時間をルーティン化したりすることで、作業時間の短縮を図りました。また、売れ筋商品を分析し、無駄な在庫を減らす工夫も行いました。
最も大きかったのは、お客様からの声でした。初めて「商品が届きました。写真で見るより素敵で、使うのが楽しみです!」といった感謝のメッセージを受け取った時、これまでの苦労が報われるような、温かい気持ちになったと言います。お客様の喜びの声が、次への原動力となりました。
副業としてスタートしたオンラインストアでしたが、少しずつ売上が伸び始め、手応えを感じるようになりました。そして、ある時、本業と同等、あるいはそれ以上の時間とエネルギーをオンラインストアに注ぎたいという強い思いが込み上げてきました。十分に準備を重ねた上で、会社を退職し、オンラインストアの経営に専念することを決断しました。
生活と価値観の変化、そして生きがい
会社員を辞め、オンラインストア一本で生計を立てるようになってから、Aさんの生活は大きく変化しました。働く場所や時間に縛られなくなり、自身のペースで仕事を進められるようになりました。早朝に仕入れ作業をしたり、日中に商品の撮影や梱包を行ったりと、その日の都合に合わせて柔軟にスケジュールを組むことができます。
収入は、会社員時代のような安定した固定給ではなくなりました。月によって変動があり、自身で売上目標を設定し、達成に向けて戦略を立てる必要があります。経済的な不安が全くないわけではありませんが、売上が自身の努力に直結するという責任感とやりがいを感じています。
人間関係においては、会社という組織での繋がりから、お客様や取引先、オンラインで繋がる同じようなストアオーナーとの繋がりへとシフトしました。直接的なコミュニケーションの機会は減ったかもしれませんが、共通の「好き」や目標を持つ人々との繋がりは、より深く、刺激的なものになったと感じています。
そして何よりの変化は、仕事そのものに対する価値観です。かつては単なる「業務」であったものが、今は「自身の創造性を形にし、他者に喜びを届ける活動」となりました。自身の「好き」が誰かの手に渡り、その人の日常を彩る様子を想像する時、Aさんは深い喜びと生きがいを感じます。それは、かつての会社員生活では得られなかった種類の充足感です。
もちろん、一人で全てをこなす大変さや、将来への漠然とした不安が消えたわけではありません。しかし、それらを上回る「好き」を仕事にできる喜びと、自身の選択で道を切り開いていく手応えこそが、今のAさんにとっての「幸せのカタチ」なのです。
この事例から得られる示唆
Aさんの事例は、「好き」という内なる声に耳を傾け、それを現実の活動へと昇華させることで、新たな働き方や生きがいを見出せる可能性を示しています。大きな変化には困難が伴いますが、具体的な行動と粘り強い努力、そして何よりも「好き」という情熱が、それを乗り越える力となることを教えてくれます。
会社員という安定した基盤がありながらも、自身の興味や情熱を追求し、小さく始める「副業」という形は、大きなリスクを取らずに新たな可能性を探る有効な手段となり得ます。そして、その経験が、その後の大きなキャリアチェンジへと繋がることもあります。
「幸せのカタチ」は人それぞれ異なります。Aさんのように、自身の「好き」を仕事にすることで生きがいを見出す人もいれば、会社組織の中で自身の役割を見つけ、貢献することに幸せを感じる人もいます。重要なのは、自身の内なる声に耳を傾け、様々な選択肢があることを知り、自分にとって最も心地よく、満たされる道を模索し続けることではないでしょうか。
もしあなたが今、自身のキャリアや働き方に課題を感じているなら、Aさんのように「好き」を形にする方法を考えてみるのも良いかもしれません。それはオンラインストアである必要はなく、あなたの「好き」や関心がある分野であれば、様々な可能性があります。小さな一歩を踏み出すことから、あなたの新しい「しあわせのカタチ」が見つかるかもしれません。