会社員からファイナンシャルプランナーに:経済的な自立と、他者を支えるやりがい
「しあわせカタチ図鑑」では、多様な生き方や働き方の事例を紹介し、読者の皆様が自身の幸せについて考えるヒントを提供しています。今回は、会社員という安定した道を離れ、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立した一人の人物の物語を通じて、新しい生き方を選ぶプロセス、直面するであろう困難、そしてそこから見出される独自の「幸せのカタチ」を探ります。
会社員時代の「漠然とした不安」とFPへの関心
今回事例としてご紹介するのは、都内のIT企業で約10年間勤務したAさんです。システムエンジニアとしてキャリアを積む中で、特定のスキルは身についたものの、仕事内容に対する情熱は薄れていき、将来に対する漠然とした不安を抱えるようになりました。特に、自身のキャリアパスや経済的な将来設計について考える機会が増えるにつれて、「このままで良いのだろうか」という疑問が膨らんでいったといいます。
そんな折、知人の紹介でファイナンシャルプランナーという職業を知ります。自身の経済的な課題解決に興味を持ち、FPの仕事内容について調べるうちに、単に資産運用のアドバイスをするだけでなく、個人のライフプラン全体に寄り添い、お金を通じて人々の夢や目標の実現をサポートするという側面があることを知りました。会社の歯車として働くのではなく、個人の人生に深く関わり、具体的な形で貢献できる仕事である点に強い魅力を感じ、「これこそ自分が求めていた生きがいかもしれない」と考えるようになったそうです。
資格取得から独立への道
FP資格取得を目指す決意をしたAさんは、働きながら学習時間を確保するため、日々の生活リズムを大きく変えました。通勤時間や休憩時間、そして退社後の時間を活用し、専門学校の通信講座と独学で知識を習得していきました。慣れない法律や金融、税金に関する知識の習得は容易ではなく、何度も挫折しそうになったといいます。特に、働きながら試験勉強を続ける精神的な負担は大きく、時間管理のスキルが試されました。
資格取得後、すぐに独立したわけではありません。まずは副業として、知人や友人の相談に乗ることから始めました。実際の相談業務を通じて、学んだ知識を実践で活かすことの難しさや、クライアントの多様な悩みへの対応力が不足していることを痛感しました。この経験から、独立するためにはさらなる実務経験と専門性の深化が必要であると判断。会社員として働き続けながら、FPのプロフェッショナルとしての基盤を築くための準備を進めました。セミナーへの参加、FP関連のコミュニティでの情報交換、そしてサービス内容の具体化などに時間を費やしました。
独立後の現実と直面した困難
満を持して会社を退職し、FPとして独立したAさんを待ち受けていたのは、想像以上の厳しい現実でした。最も大きな課題は、クライアントの獲得です。会社という組織の後ろ盾がない中で、自身の信頼性や専門性をどのように伝え、相談依頼に繋げるかという点で苦労しました。紹介や口コミはすぐには生まれず、ウェブサイトやSNSでの情報発信、異業種交流会への参加など、あらゆる方法を試みましたが、初期の頃は問い合わせすらほとんどない状態が続きました。
収入の不安定さも大きな不安要素でした。会社員時代は毎月決まった給与が入っていましたが、独立後は相談件数や契約内容によって収入が大きく変動します。思うようにクライアントが増えない時期は、経済的な不安から精神的なプレッシャーも大きくなりました。また、常に新しい知識や法改正に対応する必要があり、学び続けることの重要性を改めて認識しました。自己管理能力、特に時間管理やモチベーションの維持が、会社員時代とは比較にならないほど求められたといいます。
困難を乗り越えるための工夫と努力
これらの困難に対し、Aさんは粘り強く、様々な工夫を凝らして立ち向かいました。集客については、特定の得意分野(例えば、子育て世代のライフプラン、住宅購入資金計画など)を明確にし、ターゲット層に向けた情報発信を強化しました。ブログで具体的な事例や役立つ知識を分かりやすく解説したり、無料相談会やオンラインセミナーを開催したりすることで、自身の存在を知ってもらい、信頼性を高める努力を続けました。
また、同業のFPや士業(税理士、司法書士など)とのネットワークを築くことにも力を入れました。情報交換だけでなく、お互いの専門分野を紹介し合うことで、新たなクライアントとの接点が生まれたといいます。さらに、クライアント一人ひとりに真摯に向き合い、丁寧で分かりやすい説明を心がけることで、満足度を高め、継続的な関係や紹介に繋がる基盤を作っていきました。経済的な不安に対しては、固定費を抑え、複数の収入源(個別相談、セミナー講師、執筆など)を組み合わせることで、リスク分散を図りました。
生活の変化と見出した「新しい幸せのカタチ」
独立後のAさんの生活は、会社員時代から大きく変化しました。経済的には、安定した収入はなくなったものの、努力次第で上限なく収入を増やす可能性が生まれました。ただし、自身の営業努力や専門性の維持に常に意識を向ける必要があり、経済的な自立には常に責任が伴うことを実感しています。
時間に関しては、働く時間や場所を自身でコントロールできるようになりました。これにより、家族との時間や自己研鑽の時間を柔軟に確保できるようになり、ワークライフバランスを自身で設計する自由を手に入れました。一方で、全て自己責任であるため、計画的な時間管理が不可欠となりました。
人間関係は、会社内の限られた繋がりから、クライアント、同業者、地域の人々など、多様な人々との関わりへと広がりました。特に、クライアントの人生の大きな節目に立ち会い、その意思決定をサポートできることに大きなやりがいを感じています。お金に対する価値観も変化し、単に「稼ぐ」ことよりも、「どのように使い、人生を豊かにするか」「将来のためにどのように準備するか」といった視点が重要になったといいます。
AさんがFPとして見出した「新しい幸せのカタチ」は、経済的な自立を追求しながら、自身の専門知識と経験を通じて他者の人生に貢献できること、そして自身の働き方や時間を主体的に選択できる自由です。困難や不安は常に伴いますが、それらを乗り越える過程での自身の成長や、クライアントからの感謝の言葉が、何物にも代えがたいやりがいとなり、日々の活動を支えています。
この事例から学ぶこと
Aさんの事例は、会社員という安定した環境から未知の世界へ一歩を踏み出す際に、どのような準備が必要か、そしてどのような困難に直面しうるかを示唆しています。単なる憧れだけでなく、現実的な準備、専門性の継続的な向上、そして何よりも、困難に立ち向かう粘り強さが不可欠であることが分かります。
また、経済的な安定を手放すことと引き換えに、時間や働き方の自由、そして他者への貢献という形で、自身の価値観に基づいた「幸せ」を追求していく道があることを教えてくれます。幸せのカタチは一つではなく、自身の内なる声に耳を傾け、挑戦を通じて独自の形を見出すことができるというメッセージが込められています。
現在のキャリアに疑問を感じている方、何か新しいことに挑戦したいと考えている方にとって、Aさんの経験談は、自身の状況と照らし合わせ、次の一歩を考える上での具体的なヒントとなり得るのではないでしょうか。自身の「好き」や「興味」が、どのように仕事や生きがいにつながり、そしてどのような形で自身の幸せを形作るのか。多様な事例を知ることは、自身の可能性を広げる第一歩になるはずです。